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2010/01/26

モノクロームとイマジネーション

giacomelli1986_testa01f.jpg
 先日本屋に立ち寄ったところ、大好きな写真家の一人、
 Mario Giacomelli(ジャコメッリ)の写真集に出くわし、
 時間も忘れて眺めまくってしまいました。

giacomelli1953_mani04f.jpg 一昨年の08年に東京都写真美術館
 展覧会があったのですが、そのときの衝撃度は
  Lee Friedlander(フリードランダー)や
 土門拳さん以上だったのを覚えています。

 いえ、いつも誰しも衝撃なんですが。
 (それこそキャパとか)


giacomelli1964motivo_06f.jpg
 人物にしても、風景にしても、
 モノクロームの白と黒(光と影)の対比、
 対象の切り取り方、どれも唸ります。
 どうしてこういう「画」ができるのか
 (写真ゆえに?)唖然としてしまいます。


(故人ですが無許可なため失礼ながら極縮小で載せさせて頂きました)
* These images are not permit, it's to use advertising for art.
* I shall be delete this images whenever if received official notice.


センスや感覚(嗅覚?)、と言ったらそれまでなんですけれども・・
フリードランダーの「桜狩」(モノクロで収めた桜)もそうですが、
写真そのものとしてや、プリンティング物としての、コントラスト表現云々とか、そんな問題じゃないです。
一枚の画としての鋭い感覚がそこにあります。

(以下は自己中心的な、表現方法のヒント話です)

- - - - - - - - -

仮にこうした強いコントラスト性のあるものを自分の絵に取り込んで描くとなると、
スケッチングもさることながら、人物を殺さないようにしないといけない。
それに合わせて、描かれる人物やその表情も構成として考えないといけないです。
当然、既成のモチーフやモデルでは駄目ですし。
かなりの忠実な、写実的、現実的な部分と、一方でかなり想像された部分の共存。
相当なイマジネーションがないと全体像が浮かびません・・(ここがいつも苦悩の原因)

ファンタジックな画面とでも言いましょうか・・
ファンタジーな絵、ではなく。

ちょっと個人的な話で脱線しますが―
ファンタジーと銘打ったイラストや絵画は、私はどちらかというと苦手で、正直あまり好みではありません。
(例えば中世的なイメージに偏ったドラゴンが飛ぶような空想世界ですね)
でも仮に描くとなったら、竜の持つ自分の中のイメージを「カタチ」でない方で描くかな・・
竜や甲冑や魔法や錬金術師(っぽいもの)が描いてあればファンタジー、という食傷気味のものでなくて。
つまり、竜にしても、牙やら翼やら尾や鱗といった「姿」でなく、
そこに現実に「存在」していると思わせるような、影としての部分の表現というか・・
カタチではなく、それこそイメージというか。

描かないでも見えるものってあるような気がします。
もしくはそう見せる、というか・・

私たちはモノを目で見るとき、実ははっきり認識していない部分が多いと思います。
例えば、小さな影なり、画像の一部を見たとき、それが実は違うものなのに、
他の何かに見えたり早合点することってあると思います。
赤い点を血に思ってしまったり、木の影が人に見えたり。
大きなものだと、月にウサギやカニや女性の横顔を想像したり。
その人の中にあるイメージや経験で何かを勝手に捉えてしまっている部分があると思います・・

一方で、その逆もあります。
どう考えても見たことのない、解答のない対象。
例えば仮にまだ見たことも会ったこともない宇宙人を描くとしましょう。
それを想像すると、やっぱり誰かの想像物からの引用だったりするわけで、
それは他の、地球の人間の「つくった」または「つくられた」過去の、既成のイメージの産物です。
“想像しえない”宇宙人ではないですね。
想像し得ないものを描くのってそれは難しいことだと思うんですが―

月について言えば、それらのイメージはクレーターのつくった影からの連想です。
全体を眺めて形容するときに、代替としてウサギが餅をついているように見える、というような。
逆に本来のその部分、クレーターだけを拡大しても月なのに、
概観の丸い円がないと月に見えなかったり。
クレーターをリアリティをもって描くより、円を描いてウサギを入れてしまった方が
容易に月のイメージを表せてしまうかと思います。

何かを表している、ように見せて、そうでない。
もしくは、何か(の一部)をリアルに表現しているのに、そう見えない。
それでも、確固たる存在感があるもの・・
その中間にヒントがあるような気がします。

私は抽象画は描きませんが、抽象そのものはイメージの産物です。
感情を表現する、なんていうテーマなどは、具象を描いては難しいものです。
それこそ、見たことのない、捉えようのない対象です。
それをどうやって画面上でカタチにするか―
三瀬夏之介さんの絵を拝見したときもそうでしたが、
何かを見る、というものではないじゃないか、という、
自分なりのヒントは頂いた筈なのですが―
難しいです。

そういうものがファンタスティックじゃないかと思っています。
「画」としてのファンタスティックな部分。
具象でなく対象としての表現。

モチーフやモデル自体が絵の主眼(テーマ)でないのと同様ですね。
そういう意味では、ファンタスティックという言葉は好きです。

まあ、背景やモチーフとなる対象「物」を選んでいる時点で、
自分は感覚がぬる過ぎるな~、としばしば思うことがあります・・


とても真似はできませんけれど、
何かヒントなりインスパイア(刺激)が欲しくて写真の棚をそぞろ見ていたところへ、
久々にジャコメッリが飛び込んできて、
「お前の悩みはくだらない」とばかりに頭を殴られた思いがしました。


・・イベント費用や額装代が必要なのですが、
決して手が出ない額の写真集ではないので、やっぱり買って来ようかな・・。

---
そうそう、イメージ不能な宇宙ということで、新宿で「宇宙から見たオーロラ展」というのをやっています。
今週末には森アーツセンターで「G TOKYO 2010」があるのでこちらも観てこようと思っています・・
[ART] -絵・アート-

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