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2010/01/30

サリンジャー氏逝去/読書のスヽメ

catcherintherye.jpg 今ちょうど偶然、古本屋さんで見つけた
 『ナイン・ストーリーズ』の文庫を持ち歩いていたら、
 先日筆者のサリンジャー氏が亡くなったと聞きました。

 『ライ麦畑でつかまえて』は私の好きな、
 たぶん最も影響を受けた小説だと思っています。

 文壇から消えて後の隠遁・・
 その後の生活は全く存じませんでした。
 ご冥福をお祈り致します。


初めて読んだのがこの表紙の野崎訳。村上訳も読ませて頂きました。
(残念ながら言語版は未読破のまま不明・・(笑))

世の中みんな phony(インチキ)だ、と言う、退廃的な主人公。
当時の書評では CRAZY と評されたり、某事件の犯人の所有本で話題になったりでしたが―
その言動が一々当時ヤングエイジだった私のスピリットに突き刺さりました。
一方で唯一気がかりにする妹のことや、レコードの話に、優しさや弱さが垣間見える。
若者特有のやるせない憤り、とだけでは片付けられないし、
マジやってられっかよ、と吐き捨てる文学無縁なヤンキーともちょっと違う―
ああ、自分の10代20代の中身は全部コイツだ、と思って、
何度も持ち歩いて読み返していました。

私は一度読んで気に入ると、二度読み三度読みということが多いです。(映画も)
先日も持ち歩くのに読みたい本が見つからず、たまたま立ち寄った古本屋さんに
以前読んだ『ナインストーリーズ』があったので、久々に入手した次第。
簡素な会話に、強烈な行間があって、
映像として想像すると、短編なのに恐ろしいほど時間が長く流れるのを感じます・・
『ライ麦・・』はあっという間なんですけれど・・
それでも逐一いいフレーズに捕まってしまい、泣きそうになります。
(ド影響でこういう一人称文ばかり書いていたことが自分、ありました(笑))


(以下はサリンジャーとは無関係な読書と創作の話ですので興味ある方だけどうぞ)

- - - - - - - - -

そう言えば『ナインストーリーズ』に出てくる「バナナフィッシュ」という言葉は、
吉田秋生さんの漫画のタイトルにもなっていますね。
カリフォルニア物語の続編なんですが、高校のときに貸してくれた友人に、
「登場人物の名が『嵐が丘』だ」と言ったらきょとんとされたのを思い出します。
(※ヒースクリフのこと・・作家のブロンテ家も悲惨ですね・・)
元ネタ、って変ですが、私は極々一時期、文学少年だった(笑)ことがあるせいか、
世の中の流行のネーミングやタイトルの殆どにあ、って思うことがたまにあります。
(エヴァンゲリオン、とか(笑) 言葉の元の意味知っててアニメ見始めた人っています?(笑))

これはあくまで書く側の方向けの話なんですが、
むしろ原語や原作に触れてないと駄目なんじゃないかっていうこと、多い気もするんですが・・

昔読んだ映画評論家の佐藤忠雄さんの「論文の書き方」という本に、
“原本に触れるとわかることがある”といった意味のことが書かれていました。
時代劇(沓掛時次郎や歌舞伎)の元ネタの出所はどこなのか、と調べるうちに行き着いた先で、
古い原本に触れて初めてわかった、人伝でない、自身で調べたゆえに実になったという一文。
勧善懲悪や情け人情、どこから「任侠」が派生したのか、一宿一飯の義理って何なのか・・なんてことでしたが。

それから、本を読まないで物語考えてる(描く)人って、
本の持つ重大な魅力というものについて、どういうわけか
すっかり頭から抜け落ちているような気がするときがあります・・

知らない人の方が多い場合は別ですけれど、知らないでいることで損をしているというか。
元ネタを知っているいないとか、パロディにするしないという以前に、
触れていないから新しいと思って、披露された仕掛けに右往左往して悩むんじゃないかと・・
(視聴者や読者さんは別ですよ(笑) あくまで描く側の話です)

つい先日ある初対面の若い方(いや、自分も若いですが)と機会があって、
絵が上手くなる方法や物語(ストーリー)を考える方法について話をさせて頂いたときのこと。
斬新なキャラクターとか、目新しいストーリーって何だろう、とか訊かれました。

確かに「魅力的」なモノとは?とか、それこそ「売れる」モノとは?と言われると、
難しいような気もするんですが、皆さん商業根性に固まっているせいか、
何故か既製品の中で考えて、今ある土俵の中にいて、発想を新たに外に出そうとしない。
二番煎じ三番煎じやるのは商業戦略としては常套手段ですが、
若い人が(自分も若いですが)新たに新作を創造しようというときに、
やれ世界設定だの装飾品だの装備だのが細かくても、大木にはならない気がします。
肝心の幹が同じだと森で埋もれるだけでしょう。
その幹を育てようと思ったら、根が大きくないと。
それなのに、なぜか今あるもの(現代風の漫画やアニメや携帯小説)から題材を取ろうとする。

「古典読んだ方がいいですかね?」と、こっちがかなりのオールド(若いですが)と思って、
聞いても半分通過していそうな耳(笑)で尋ねて来られました。
残念ながらお茶を濁すような返答しかできませんでしたけれど。

確かに古典なりに触れるに越したことはないです。
でも表象だけ捉えても駄目ですよ。
喩えシェイクスピアを読んだとしても、自分の血にしないと。
心底面白いと思わないと。
(無理して面白いと思わないものを読んでも意味がありません)
それから、一歩踏み込んで考えないと。
そして、そこにないものを描かないと。
それがオリジナルになるんじゃないかと思います。

仮に、かぐや姫や桃太郎をモチーフにしたら、自分なりの切り口で斬らないと。
結局原案のアイディアが何だったのか、それすら分からなくなるくらいまで掘り下げないと。
そのためにいつ使うか分からないくらいの根を、読書で養っておく・・

だから、どうしたらいいか、と聞いてくる時点で大海の上の小船でしかない。
この話をやりたいんだけれど、悩んでいる、というなら少し大きな船。
それなら少しはお互いに、創作しようという意欲の元に話も弾みそうです。

でも、本当は海にならないといけないんですよね。
人の創造した海の上に浮かぶのでなく、人を浮かべてもてあそぶような海。
ある発想や感情の励起、それこそ感動を与えうる水、インスピレーションの源でないと。

蛇口をひねればネタがあるように、ネットなんて便利なものがあるとつい陥りがちです。
できたら図書館なりにでも通ってください。
自分の知らない、触れてない世界が多くて、むしろわくわくする筈だし、
今使わないかも知れない脱線も含めて、どんどん色んな要素が使いたくなって、
パズルや糸のように絡んで組み上がっていくのが想像できる筈です。
(蔵書を見て落ち込んでたり、古典や他ジャンルの作家を批判していたら、
その人はただの読者にはなっても、絶対にろくな作家や創作者にはなりません(笑))

「影響を受けそうで・・」と仰る時点で軸が細い気がします。
影響される要素を自分で料理するレシピの一部にしないと。

底が浅い作家さんは読書数が少ない、とは断言しませんが、
まあせめて夏目漱石くらいは読んで欲しい。
聖書を読めとか、原語で読めとか言いませんけれど(私だってできませんけれど)
有名な古い小説や外国文学をかじるだけでも、え、っと思う発見が沢山ありますよ。
それこそキーで打てない漢字とか、見たことない言い回しとかも(笑)

それでも、これがやりたい世界、と発見することと同様に、
自分が描きたいのはこれだけれど、これじゃない、という意欲も湧いたりする筈。
それが新しい作品に繋がるんだと思います。
実はまだ誰もやってないことって多いですよ。
誰もやっていないから、誰か(作家)に期待するんですし。

それから、面白いもの、長く読まれたり愛されているものは、
いつの時代になっても色褪せません。

人生一回しかないんですから、今売れるものも大事かも知れませんけれど、
自分しか描けないだろう、つくれないだろうものを、全力でつくってみませんか。


そうすればきっと誰か、同じように共感してくれる人がいる筈です。


(たまに自分も色々忘れてしまうこともあるので、本に触れては自戒や肥やしにしたいと思います・・)
[Cinema/Book] -映画/本-

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