FC2ブログ
--/--/--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告
2010/12/07

文明人なら法に頼らず自立すべき~育成条例改正案で考えること

「東京都青少年健全育成条例改正を考える会」主催、「コンテンツ文化研究会」協力による
「『非実在青少年規制』改メ『非実在犯罪規制』へ、都条例改正案の問題点は払拭されたのか?」
という主題の集会が12/6、東京中野で開かれました。

1000人以上集まると嬉しい、という事前の呼びかけでしたが、
事後の公式発表では1500~1600人と会場に入れない人でごった返すほどの凄い人で、
twitterなどWEBでの告知や呼びかけもあって、関心の高さが伺えました。

ネット配信などもありましたので視聴された方もいるでしょうし、
関係する先々や多くの方々の発言や、一部報道などで趣旨や様子は拾って頂くとして―

(長いので以下に折り込みました)

----

以前にも書きましたが、制描写については別にして、
これは創作の表現に関わる、憲法で保障されている問題に関わることです。

青少年(未成年児童)の健全な育成と謳った「健全育成条例」の改正は、
「不健全図書」所謂「白ポスト本」たる悪書の指定と流通規制を強めようというものです。
(国会で通らなかった)児童ポルノ法に鑑みていることや、
選定する委員会の面子が警察関係の方であることや、都知事の発言が物議になっています。
特に「漫画やアニメ」の本来自由であるべき表現活動や出版物の内容の是非を、
東京都の「法令」という行政側で規制していいのか、という箇所に焦点が集まっています。

今回は6月に都議会でこの改正案が否決されたにも関わらず提出された修正版で、
前回問題になった「非実在青少年」(漫画の登場人物)という言及がなくなった分、
社会的規範にそぐわない、つまり犯罪行為に繋がるような描写は規制の対象、という
更に別の枠組みが条文に挿入されている点が議論の的になっています。

また、事前の都議会議員を交えた都の説明会や、PTAへの勉強会の様子で、
都(警察関係)やPTAの幹部関係側の提示している説明に、
大人向け(つまり児童は書店で手に入手できない)の筈の書籍見本が材料として使われ
誘導的・抑圧的であったのではないか、と言ったことも取り沙汰され問題視する方もいます。

それから、今回はどうやらこの法案が通りそうな様子でもあること。

どこかにリンクを貼るのは、ことらの主観上、「誘導的」になってしまいますから(笑)、
ここには貼りませんが、お調べくださるなり、問題に関心のある方にお尋ねください。

----

私自身の、この条例に反対する旨の見解は以前ほか、何度か書きました。

それとまた重複する話になってしまうのですが・・

諸々の情報や(賛成派も反対派も含め)色んな方の意見を見聞きして、
今回私自身の立場と別に、少々思ったことを以下に殴り書きさせて頂きます。



私の考えていることも言いたいことも変わっていません。
根幹に「教育現場」のあり方の問題があること、
それと同時に、性的興味本位の儲け主義への警鐘。

法案に反対する側の、法案に対する対処や反対論議については、
心理学者の渡邊芳之さんが仰られていたことが一番自分の考えに近いように思えます。
「有害であっても表現を規制すべきではない」ことを旗印に揚げるべきだ、と。
漫画家のとりみきさんもそのようなことを仰ってました。

「規制先にあるべし」と考えている人と話し合うには「反対」しているだけでは駄目。

そして「規制されるべきでない表現」とは何か、何を守ろうとすればいいのか。

それから、規制しようという流れができてしまった背景には、それらにも問題があったことも。

過日の大御所漫画家さんと雑誌流通協会の方々の記者会見で、
協会に属さない業者があることに、協会や出版社側が苦い顔をされていました。
ゾーニングという、書店の棚換えやシール止め、流通先云々の自主規制は、
目の行き届かない部分になった場合、話が違って来ます。
雑協など出版・流通側は、そうしたたいへんな労苦の上でこの条例に反対しているのですが、
立場が若干弱いようにすら見受けられるのは、そうした営業上の目の行き届かない場があることを
暗に指摘しているように思えます。
これは条例をつくって規制しようとする側も同じです。

結局、そこが超法規的な話に繋がると思えませんか。
つまり、自主規制したって(子供だけでなく誰でも)見ようと思えば見られるわけです。
ネットやら携帯がいい例です。
条例やら法律やらつくって縛ったって、作って売ろうと思えば売れるのです。
売れない場合は別ですが。

ぶっちゃっけ、性的興味のない人間(動物)なんていません。
性的な衝動が無かったら作りませんし売れません。
性的な趣向は千差万別ですし、需要はどのようなものでもあるでしょう。
漫画家に限らず、現代の作家に限らず、世界中の国、どの時代でも、
常に男と女の性的興味と探究心、謎は尽きません。

それを、流通でどうとか、法律でどうとか、
そういう次元で話をしているのがそもそもおかしいんです。

表現することも同じで、何かをつくるのに誰かが規制をするのは無理な話です。
公共の場で何かをつくったり発表することは、周囲の迷惑などTPOもありますので、
何らかの制限がかかることがあっても「変な」話だ、とは言い切れません。が、
人がその人自身の思いつきで何かをつくったり、頭の中で想像したりするのを
誰か他の人が事前に封じようとするのは「無理な」話なのです。

たいへん偉そうな言い方で申し訳ないのですが、
昨年から今年にかけての今回の条例に関して一連の流れを見ていると、
自分のことにはフタをしているとしか思えない、それこそ恥ずかしい話に思えてなりません。

性的表現云々それ以前に、恥ずかしい気がしてなりません。

他人の性行為に興味があるのに、自分の話はしないのと同じ。
自分はするけど他人は駄目。
よくありますが、「大人になってから」という言い訳と同じです。
「勉強しなさい」と言う大人が、子供に「なんで?」と訊かれて、ちゃんと答えられないのと同じ。

条例の規制に関して言うなら、フタをしたら見たくなるものです。
それで「不純異性交遊」とか「青少年の健全な育成」とか言うなら、
ちゃんと学校で具体的に教えればいいんです。

そして、某かを取捨選択する能力を身に付ける力を。

洋服着て生活するようになったからって、別に文明人ではないんですよ。
人間であること、動物の一種であることに変わりはありません。
極論を言うと、そういう文明人面してらっしゃる勘違いな方は、
性行為の一切を規制して、「人工授精」や「遺伝子操作」でつくればいいんです。
「健全」な人類とやらを。

それがモラルや倫理や道徳に反する、と言うなら(学者さんが議論してますが(笑))
道徳やらモラルやらをちゃんと教えるべきです。

学校が? いいえ、親が。
親が教えられないのは、その親たちが学校やそのまた親に教わっていないからです。
ちゃんとした性行為。
「健全な性行為の仕方」を、です。
子供の作り方、じゃありませんよ。

性行為なんか千差万別ですので、奔放であって当然なんです。
趣味嗜好を抑えるのができないのと同じです。
自由にしたいことをさせて、自由にできるように教えましょう。
そのせいで、学校教育がゆとりだの個性尊重だの言われたんじゃないんでしょうか。

ぜんぜん、やってることが逆ですね。
そのくせ、いつまで経っても40人学級とつめ込み受験型ですし、
学校の先生は道徳や指導の能力や人間性に疑問符がつく人材が多い。
親は親で、日々生きるのに精一杯で、学校に押し付けっ放しです。

大人は理不尽です。
漫画もテレビも小さいときから見せてるクセに、
学校に持ってきちゃいけないとか、テレビを見過ぎるなとか。
今ならPCゲームやネットや携帯電話でしょうか。
携帯を防犯に使ってるというなら、その携帯でどういうサイトを見るかまで
全員監視するのはできないわけですから、親や学校の情報操作は不可能です。
その時点で親や学校の理屈は負けなわけですよ(笑)

その上に立って話をすると、
「最近、エッチな漫画が多いので、持って来たり見るのをやめましょう」って、
まるで小学校の学級会の議題みたいですね。
「持って来たり描いてる人を見つけたら、先生に言う」って決まったとします。
するとどうなるでしょう?
教室ではやりませんよね、子供だって頭いいですから(笑)
教室「では」やりません。見つからないようにやるでしょう。
これって正解でしょうか?

そして、じゃあ「エロ漫画」を見ているのが、
あまり情緒発育や頭脳発達には役立たない、としましょう。
でも見るでしょう。それしか(性行為を)勉強する方法が無かったら。

それだってちゃんと経験させるように指針を教授するか、
そういう情操教育の方法を考え直して編み出せばいいんです。
つまりは教育側ができていないわけです。
何かを駄目だ、ということでは決してありません。

だっていつか経験するんですよ。
何でも社会に出てから役に立つだろうことを教えるのが、
学校なり親の、大人側が提供すべき「教育」じゃないでしょうか?

それに、青少年諸君と言えども、毎日そればっかり考えているわけじゃないでしょう。
たとえ思春期でも性的なことばかりでもない。
みんなお猿さんじゃないんだから。
文明人であるところの、脳の発達した万物の霊長たる、れっきとした「人類」なんですから。

必要なら他の本を読むでしょうし。
漫画にしたって、他にも良質な優れた作品を読んで、感情や情緒を学ぶでしょう。
アニメやテレビ番組にしたって、ネットにしたって、
自分のためになる、必要な情報や知識を得るために活用するでしょう。
そういった、自身の成長に有効な手段や術を選ぶことや学ぶこと、
その方法を誰が手ほどきするべきか。
最後は子供自身です。猿じゃないんですから。
そのための手助けをするのが親であり、教育現場であり、大人であると思います。

子供は何が健全か不健全か、つまりは必要か不必要か、
何が自分にとって正しいか否か、いずれを選択すべきか、
そのための価値感とは何か、自身の個性とは何か、
そういうことの一切を、自分自身で学び取って優秀に育つでしょう。
途中でいいことも悪いこともあるんじゃないですかね。

能力の差は色々、人によってそれも千差万別です。
差別もあるでしょうし、いじめもあるでしょう。
そういうこともひっくるめて、学ぶのが自身の生きる術であり、
楽しみであり、苦しみであり、それで生きていることを実感するんじゃないでしょうか。

申し訳ないけれど、それで上手く生きられないなら、
それもその人や彼らの周囲の環境、人類やその時代ゆえの淘汰です。

でも必ず、その人個人の個性にあった幸福な生き方や道はある筈です。

ゲームにはまって生じるバーチャルな錯覚とか、
人とのコミュニケーションが上手く取れないとか、
そういう情緒的な弊害も、入口を間違えなければいいわけです。
たとえ今そうなってしまった途中であるという若い人でも、立ち直らせる方法はありますし。
大人が上手くその指針を示して、導く術と光を与える。
そういう姿が大事です。

世の中を良くしようと努力する政治家がいたら、きっと彼らも立ち直るんじゃないですか。
苦しくても頑張ろうとする企業家を見たら、自分も一緒に頑張ろうとするんじゃないですか。
自分を愛してくれている親がいたら、子供はその姿に真っ直ぐ立って歩こうとします。

目先の矮小な事柄に捉われて、いざこざや文句ばかり言っている大人(政治家)や、
老後の安泰のために若者の将来を奪うようなご年配(企業のTOP)ばかりでは、
子供は失望して曲がって歪んで、それこそバーチャルな世界にはまって、
二次元のキャラクターを愛して、ゲームばかりに勤しみ、
架空の性行為にばかり熱を上げるんじゃないですかね。

要するに、原因は大人なんですよ。
大人の失敗を子供に押し付けて、法律や社会の仕組みのせいにしている。

問題の論点がぜーんぜん、すり替わっています。


大人の皆さん、どうかお考え直しください。


原因は我々大人です。
私欲や自分の都合に捉われている人のせいです。

箸にも棒にも引っかからない法律なんかつくったって、何の役にも立ちません。
非行が増えるだけです(笑)
性行為とか萌えとか、そういうのでお金稼いでる方々も考えてください(笑)
それより何より、共働きなどで忙しいかも知れない親の方々、
考え直してあげてください。

それができない、またはもう手遅れな目に遭ってしまった子供たち、
絶望している若者諸兄―、しかし今からでもぜんぜん遅くはない。
自分を責めたりしないで、自分が幸福に感じる瞬間を探すべきです。
自分の価値観を探して見つけることができるのは、ネットやゲームやマンガやアニメだけではない筈。
楽な方、楽しい方に流れるのは人間の常です。
学校で面白くも何ともない論語や史学を読まされたことを思い出してみてください。
あながち、学校の勉強もウソをついてないものです。
書物には嘘は書いてません。(学校の教科書にはたまに嘘が書いてありますが(笑))

明日一冊、
読んだことのない本を何か読んでみるだけで、
きっといつもの風景が変わって見えますよ。


----

*蛇足*

以下は少々脱線ですが、個人的に「文章」の話です。
猪瀬副知事や石原都知事の発言について、ネットの書き込みで
感情的な揚足取りが見受けられたので、つまらない注釈見解です。
猪瀬氏の発言はご本人の文言そのままですが、都知事は実際に私が聞いたわけではありません。
その辺、ニュアンスも含めて、すぐ感情的になるのは・・と思ったのですが・・、
まあ、前々かたのこともありますし、仕方ないですかね。。。(笑)


・石原知事 “(エロ)漫画家は卑しい仕事している” 発言 (~知事会見から)

 -都青少年健全育成条例は9月にまた改正案を出すと言っているが、
  内容の変更に踏み込むのか。

 「それは分かりませんな。もう一回、論議の中で民主がどういった意味合いで
  反対しているのかはっきりさせないと。反対の理由はよく分かるようで分からない」
 「創作している人間たちが圧力を感じるみたいなことなんでしょ。
  そんなことぐらいで描きたいものが描けなくなったら、そんなものは作家じゃないよ。
  卑しい仕事をしているんだから、彼らは。あんな変態を是とするみたいな。
  そんなものにおもねって反対するってのは、普通の社会じゃありえない」


暴言癖があると言うより、言いたいように言って言葉を選ばない方です。国会でもないし。
それより、前後の文言を読むと、
「作家という者は時代や圧政に対してもペンで戦うものだ」的な恫喝と、
(以前提示されて自身で読んだ)過激な性表現の漫画を指して「卑しい」「変態」と言っているようです。
全ての漫画家を指しているわけではない様子。(そう取られる可能性は全く否定できませんが!)
そういう性的表現が「主」な題材の漫画を、著名な漫画家が擁護するのを指して
「おもねって反対するってのは・・」と言っているように思えます。
感情的にならなくても感情を逆撫でするむかつく発言に思えますが(笑)、
「昔はこんなモロなスゴイのは無かったのにな」という眉間に皺寄せたオジサンの発言かと。
しかしかつて動議を醸した作品を書いた作家が歴史上の圧政者の立場になっているのも・・。

(有名な松山先生の作品についてはしかし馴れてる人にも内容を知っている人にも、
性的描写ではなく、想像力を掻き立てる大人向けのナンセンスギャグ、という
洒落た広い懐的見地がないのには残念な気がしましたが)

発言にも理由や人となりがあるわけですし、言い方の問題じゃないかなと思います・・
いずれにしても私は知事を擁護はしませんが(笑)
仮にもし言うなら、
「性描写だけで売ってる漫画が多いんだけれど、出版元も作家も
これでいいと思っているのかな、って疑問に感じる部分はあります」
・・くらいが適当かと。
まあ意味は同じですが(笑)


・猪瀬副知事 “マンガが好きな人は人生行き止まり” 発言 (~猪瀬氏の12/6のtwitterから)

 「マンガの関係が好きな人のなかには人生が行き止まりと
  感じている人が多いという印象を受けます。
  生きている女を口説きなさない。
  瞬間、瞬間、言うことが予想外に変わるから、
  そのほうがおもしろくて未知で愛おしいよ」


これはその部分だけを抜き出して指摘・糾弾するのではなく、
前後を全部読まないと意味が違ってしまうように思えます。
私はどちらかと言うとこの発言には頷く側です。漫画が駄目だとは言っていません。
漫画など(読書)を生きる上で参考にすることはやぶさかではありませんが、
現実と上手く向き合えない(だろう)人に対し、漫画などに没頭し傾倒するのではなく、
現実社会に楽しさがあるよ、とエールを送っているようにも感じられる文章です。

まあ・・そんな方が先の松山先生の作品の内容全般を理解しないと言うか、
もう少し大きなさじ加減で物事を計れないかな、とは思いますが・・(苦笑)


いずれの方にも私、(公職に就かれる以前に著作読んでますが)あまり好意はありませんけれど、
しかし気に喰わないからと頭に血が昇って脊髄反射的に抗議するのもどうかと思いました。
その辺が知事らから「頭が悪い」などと暴言吐かれる理由になっては何にもならないですし、
良く租借して考えてから発言して欲しいな、とちょっと・・(笑)


しかし、こうまで施政者側に立ってから不評を抱いてしまうと―
(特に知事に)支持者は依然多いのは変わらないでしょうが、
辞められた後は何というか、出版業界と軋轢があるんじゃないでしょうかねぇ・・。
いらぬ心配ですが。

とは言え、何もしないでも食べていけるようなオジサンたちって、困りものかもです・・(笑)

その辺、選挙の票が気になる分だけ、国会や地方の議員さんは腰が低いですね。。



久々に長くなりました。
失礼致しました。
[Column] -想うこと-

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。