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2009/10/26

「評価は他人がする・・」

以前から一貫して言っておりますが、「評価とは他人がするもの」です。
(key君曰くの野村監督の話ではありませんが(笑))

昨日の続き・・でもないのですけれど、そんな話を・・

(創作をされている方や、そういう方面にご興味ある方だけお読みください)

【評価とは他人がするもの】

ネットやイベント(展示会)、または営業(作品の投稿やお仕事の交渉)で
他の方に会ってお話したり、感想やそれこそ見返り(ギャラ)を頂いたりすると、
自分がどう評価されているか、またどれくらいの価値があるのか
どれほどの値打ちが自分の描いたものにあるのか分かります。

そういうものを、有形無形にしろ、欲しくなるのが
ものを作る人間の性(サガ)だと思います。
以下、ちょっとそんな話を・・・
(どうしてこんな話をするかはまた別の日に致します)


インターネットという便利なものの登場で、
誰もが気軽に自分の作品を発表したり、批評したりできるようになりました。
また、匿名性が高いため、批評も千差万別。
自身の作品を他人に見せる機会のなかった人が一躍有名になったり、
自身を特定されぬまま、他人の作品を酷評したりすることも可能です。
そういう「場」があることは創作する者にとってはありがたいことですが、
どんな便利なことでも、やはりいつも落とし穴が存在します。
その評価が果たしてどの程度のものなのか。
作品の本質を指し示しているのか。

ネットをするのに審査や資格、条件はありません。
ですので、コメントや評価をしてくれる人を、つい頼ってしまいがちです。
その人がどういう目的で自分の作品を評してくれているか。
その人との付き合いの立ち位置はどこか。
お付き合いだけではないのか、それともちゃんとした感想をくれる人なのか。
そういう目や実力を持った人なのか、否か。
それらを見極めないといけません。
仮に創作や発表の初心者の段階ですと、こういうことに流されがちです。
私自身もそうでした。(未だにそういう所があります(苦笑))

付き合いだけという方(笑)についてはもう散々他所で言ってますので置いておくとして(笑)、
自己評価については果たして聞くにしても難しい面がありますよね。
メンタル的に言うと、応援してもらいたい、という面と、
どこがどうか、という歯に衣着せぬ言葉をもらいたい面。
前を向いて、目的意識のある方には、後者を聞くのはやぶさかではないです。
自分がどこまで描けてて、どこまで階段を登れているかという評価は、
やっぱり自信がないと聞けないものです。
そうでない人は、まず「誉めてくれる」人に流れてしまうでしょう。

向上心があって制作意欲がある方は、ある段階にまで技術なりが進むと、
あるときある一定の評価は切ってしかるべきだと思います。

仮に、例えばご近所的に付き合っていた方がいて、
でもその方やその周辺の方の作品が、自分のスタイルや、
今描いているもの、また描こうとしているものと違ったら?
目指す方向と違ったら?

また、その人なり、その方の作品とのお付き合いをやめてしまった場合、
自分の評価指針を示してくれる人がいなくなってしまいまはしないか?

そういうことって常に不安です。

もし同じ分野で他に上手い人がいたら、他人に聞くまでもない。
その方を目指せばいいでしょうし、そしてそこまで行き着いたら、
それ以上の自分の作品、自分なりの独自の作風を目指せばいい。
でも、実際に自分の作品のいい点、悪い点、
技術的にできていない点、主題として捉えられている点、
そうした点を果たして的確に評価し、ましてアドバイスまでしてくれる人は、
そうなかなかいないものです。

仮に、プロの作家だったとしても、ほかの作家と比べてどうか、とか。
人気作家だとしても、その人気の意味や秘密の核心が何なのか、とか。
お金を貰っている人でも、そうでない人でも、
創作の世界の中に一緒くたに入れてしまうと、一蓮托生です。
評価されない人はダメだし、評価されている場所にもよるし、
土俵が同じなら、他所のテリトリーとの競合加減でも分かれます。
総合的な評価は、絶対多数か、もしくは作家の求める評価基準(目的)です。

いずれにしても、仮にも正当にも、その作家を生かすのは他人の評価だけです。

つまり、評価して(買って)もらえるか、もらえないか、だけです。

誰も評価しない作品を作り続けるのは自己満足だけ。
それが嫌ならしかるべき場所に出すべきだし、
その場所が満足いかないなら、満足いく土俵でやるべきだし、
それらの評価に不満なら、腕を磨いて、新たに作り出すしかないでしょう。

そういう場所をどこにするか、それも難しいです。

あくまで「目的」の話―ですが、
その人がその道で食えるようになる、つまり、「プロになる」ことや、
その人が今、何をして食べているか、ということは人生に関係ない気がします。
仮に一生、喰えないままでいても、一生描き続けて、
最後まで自身の作品の制作や、創作に関わることを辞めなかったら、
身体を維持するために必要なお金を得るために他の仕事をしても、
その人はクリエイターでありアーティスト
だと思います。
プロとかそういうことって関係ない。
ちょっとでも稼げばプロでしょう。それに、そういうことは言った者勝ちです。
また、その評価の絶対数が多い方が勝ちだとしたら、
プロより評価の多い“アマチュア”はいっぱいいます。
プロよりいい作品、面白い作品を生み出す人もいっぱいいます。

評価はその人個人が目的としている場所で貰うものでしょうし、
その場所で発信して、自身の納得のいく評価が得られればいい。
それがお金ならプロ(の稼ぎ)でしょうし、
それがコメントでいいなら、それが目的であればそれでいい。
いずれにしても、その人(作家)の目的は達成されますし、
不満ならより以上の満足を求めて、別の場所を目指せばいい。
評価が多い方が上手いとかヘタとかもないと思います。
上手いヘタも、結局、他人(学校の先生、審査員、お客、ネットの人)が決めることです。
勝負が点数で決まるわけでもないし、仮にあっても絵の点数なんか主観的なものでしかない。

そういう不確定な、スポーツのように点数のない分野で、
自分への評価はどれくらいなのか、ということを知りたい場合、
どこかに出さないといけない。
誰かに見せないといけない。
そのためには、しかるべき人に見せないといけない。
その場合、自分の目標とする、目的に合った人に見せないといけない。

残念ながら、自分の目標や目的、方向や作品の意図は、
その人本人しかわかりません。
つくった作品の漠然とした評価や、今までの累積評価、問題点も、
やはりその人本人しか知りえません。

仮に、私なり誰かが、ある作家さんの作品について、
ここがいいとかこういうところがいいと思ったとか、
ここは違う、ここを直して欲しい、と告げたとしても、
その作家さんがそれを励みに頑張るか否かとか、
その作家さんがその必要性を感じなくて直す直さないとかは、
作家の姿勢や考え、目的で分かれると思います。

目指す方向性や目的が違った場合、一部の評価には意味がなくなります。
しかし、作家が望んでその場所に作品を発表した場合、
その場で対面する評価者(バイヤーや編集者)は、
作家の目的もそういうものだと思って判断します。
それなりの評価(感想や対価)を求め、耳を傾けたくているのだと思い、
作家がその場に出した時点で、その場に見合った評価をするでしょう。

ものを作って発表するとき、見せてしまったら評価(感想)はつきもの。
もらえるだけでもありがたい。もらえた感想にもよりますが、
万に一つも無駄はない筈です。
それを無視しては作家の意味がないとは、勿論言いません。
しかし、欲しいなら、仮にでも評価を貰おうとして出したなら、
その場所を選んだのはその作家の選択であり、責任です。
例えば、出した場所に文句を言うなら、最初から別の土俵を選ぶべきです。
出した場所で評価(成績)が出ないなら、場所を変えればいい。
場所がもしないようなら、つくればいい。
それこそ、目的が商業なら、そういう場所だけにアタックし、
そういうところで勝負すればいい。

TPOという言葉があります。
私の父の恩師でもある、VAN創設者の故・石津謙介さんの言葉です。

「時・場所・場合」 (Time/Place/Occasion(Opportunity))

場合は目的(objective)、と私はこの場合入れ替えます。
目的に合った場所に出して、目的を知りえる人に見せなさい。

しかるべき見せたい人に、評価を頼みなさい。
しかるべき見せたい人に、売り込みなさい。
その評価や過程に不満なら、そういう場所を自身で選択しなさい。
そして、評価を得られないなら、自身の実力を磨きなさい。

磨くためにも当然、評価は必要です。

必要とするものをエネルギーにして、また創作ができるなら、
先を見て、前を見て、自分自身の制作姿勢や作風を見つめ、また作りなさい。
そのために以前の評価は捨てても結構。
旧い作品を捨ててしまうのも結構だと思います。

もし、貴方に評価がないなら、貴方の姿勢が悪い。
貴方の作品に付いた評価が気に喰わないなら、正当に評価してくれる人に聞く。
評価される基準が違うと思うなら、評価される場所や手段を変える。
そのとき、前の評価や評価をくれた人は切って結構だと思います。

前に進む気があるなら。
自身の目標や目的が、最終的に違うなら。
もっと高いところを求めているなら。

いずれも満足なら、貴方はそれ以上今よりは伸びません。
自身の作品にも、評価についても、いつも不満なら、
そういう人は例え今、状況や生活や周囲に、作品についてさえ不満でも、
きっと伸びます。

私は不満だらけです。
だから自分を信じています。
他人の評価はだから、選んでいます。
選んで吸収しているので、身に沁みます。

そうして、感謝します。

それが、自分を生かしてくれる血だと思っています・・
[Column] -想うこと-