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2009/11/14

「絶対評価」に向けて・・

天道虫 10月中旬から(自分としては)久々に慌しい日が流れて、
 エネルギーがちょっと不足・・(笑;)
 毎日机に座るも進まないことが多く、
 日によって昏々と眠ったり
 落書きだけして終わる日も・・(苦笑;)

 でもそのお陰で、周辺の話を実感したり、
 色んな方とお話できたりして、
 自分の目指すところはこれしかないなぁ、
 というのが見えた、貴重な秋でした。
 ・・今更ですけど(笑)

写真は長谷川美術館に行ったとき、隣の公園で手に止まった
黄色いテントウムシです。(ピント合わない!)
(小さくてすみません)

私のクセで、たいへん気になった作品に出会うと、
その作家さんを現場で掴まえて話を聞いたり、
後でメールを送らせて頂くことがあります。
ネットで見つけた作家さんでも同様です。
絵でも小説でも映像でも漫画でも・・
迷惑な話ですけれど、わざわざお礼を返してくださる方もいらっしゃいます。
プロや一線の方でもそうですが、そうでない方でも、
丁寧にメールをくださると却って恐縮してしまいます。

プロの方でもネットに作品を出されているのには何らかの目的があってのことで、
やはり某かのレスポンスを欲してらっしゃるんだと受け取っています。
一線の方や、プロの方ほど、メールが返って来る可能性が高いように思うことがあります。
文章も非常に丁寧ですし・・(それはそうでしょう)

中には無名の作家の方もいらっしゃいますけれど、私の自負で、私が、
この作品はいいな、この人は凄いな、面白いな、と思った方は、
大概必ず、何らかの話題になったり売れたりされます。
で、やっぱり創作を続けてらっしゃる。

その方にはその方のご苦労や悩みなどがあると思います。
例えば私もそうですが。
生活上のことなどもあったりするでしょうし、例え世間一般の目に触れるようになっても、
それなりに批判や厳しい評価も受けたりするかと思います。
ネットなんか、誰だかわからない、ある程度の見識や経験のない方や、
それこそ大人になってない方(笑)でも、立派な場所での発言権がありますので、
評価される作家個人にはピンポイントで届いてしまいます。

それで、自己の客観的な評価に悩んだり。
自分の実力や方向性について悩んだり。
雑音であっても、悩んでるときにそれを振り払うのは難しいと思います。

それなら、誰が正当な評価をしてくれるか。
自己満足や自己矛盾から抜け出る方向を自分以外で誰が示してくれるか。
なかなかそういう、厳しくもあり、しかし自分だけを見てくれる味方って少ないものです。

そういうとき、指針になるのは自身の作品を買ってくれる方だと思います。

デザイナーさんやエディターさんがいいと思って使ってくれても、
雑誌やコンテンツが売れないと仕事はもらえなくなるし。
画廊のディレクターがいいと思っても売れない画は画廊を疲弊させるだけだし。
よくできた映像でも、既製品のパロディで素人相手にHIT数伸ばしても
所詮はタダで見られるコンテンツ故の盛り上がりで、それで喰えるほどにまでならないし。
WEB上で作品を出したり、コンテストなどに応募したり投稿を試みても、
得た評価はどうしても虚構的で、なかなか「実」に結びつかない。

例えば、仕事として担当の方に話を聞いて、自分が評価されている、と思っても、
果たしてそれが表に出て、見知らぬ人に買われるまで、
その作家や作品の評価は定着しないわけです。

そこが、例え仕事にしている「プロ」であっても、
売れているかどうかという評価にならない。

絶対評価は最後はユーザーがするものです。

つまり、(お金を払う)ファンがどの程度いるかっていう話ですね・・

まあ、なんで売れてるのかわからん作品もありますし(笑)、
それを作家が望んでいない場合はまた別かも知れません。
ですが、土俵に上がらないとそういう話もできないですからね・・

誰か知らない人にお金出して買ってもらうまで、その絶対評価ってつかないんですね。
それまではただの素人で・・・

土俵に出すのも勇気がいるし、それまでもたいへん。
生活上で、制作時間や資金の捻出のやりくりもたいへんです。
あわよくば、自己満足に陥ってしまうかと思います。
これでいいや、という守りが作品に出てしまったりします。

アートイベント、なんてものに行くと、そういうものが垣間見えたりします。
見る方は見てますからね・・似たような作家や作品もきっと沢山見てるでしょう。

そこで、自分はこの人と違うぞ、という点や、そういう武器を持ってないといけないし、
これだけごっそりいる(自称も含めて)創作をする「作家」の渦の中で、
他人と違う武器を磨かないといけない。
でも、それが通用するのかしないのかは、スポーツの世界と違うので、
はっきり点数や勝ち負けに現れません。

だから、他人の評価は気になるでしょう。
でも、評価の意図や意味を作家本人はなかなか図りかねない。

その中で、評価してくれる相手が、
自己の犠牲を払ったり、対価を惜しまなかったかどうかは重要な評価になります。
タダでなら誰でも見られるし、誰でも何でも言える。
そうでないものを払うかどうか。

自分でその絵やら小説や写真、漫画といった作品が、
100万円の価値があると思っても、
100万円出してくれる人がいなかったらタダなワケで。
売れないままの作品は、永久にタダの紙切れです。
永久にファンがつかない。

入場料を払ってでも見たい、という作品、
お金出してでも手元に置いておきたい、という本なり絵、
そういうものを創らないと評価にならない。
そういう評価があると、本当の自信になります。

それが作家さんの真価だと思います。

それが絶対評価。

色んな人が合間見える場所で、自己の作品がチヤホヤされても、
その出品した場所(土俵)を見ないといけないし、
(それで満足ならいいんですが、仮にプロの作家になりたいなら、その人にそれ以上はないでしょう)
その場所にもし不満なら、絶対評価をされる場所に行かないといけない。
できない、と思ってもやらないといけない。
やろうと思って諸条件で無理なら、条件を満たせる場所に出す。
画廊を借りる資金がなかったら、ないなりに評価される場所を探す。
そこでも評価されなければ、評価なんかつきゃしないわけですし、
評価される作品でなかったんだと思いますし。

そのための努力はしないといけない。
作品つくる時間を捻出しないといけない。
必要な資金は自分でなんとかしないといけない。

そういう努力をした人の作品はやっぱり違うし、
そういう作品を見た人は、生半可な評価はしない。
もっと言うと、友達探したりストレス発散にネットを徘徊してる人の雑評は聞こえなくなります。

最後は買ってくれるファンや、読者さんが新作を楽しみにしてくれます。
そのために描くようになったら、オトモダチはいらなくなりますし、
苦労をしてきた、本当の友人が周りにつくと思います。

それまでが大変なのですが・・・
目利きする友人と親しくなるのも大事かも知れません。

日記に愚痴書いてる人はプロになれない、と、ある漫画家さんが書いてらっしゃいましたが、
誰もが発信者やら作家になったりする今時分ですから、
余計な時間使ってるヒマがあったら黙々と描かないといけません・・
自己弁護とか自己評価は、ネットに照らし合わせたらそれこそ意味がないですから。
みんながみんな、作家だったり評論家だったりですので。

自分は違うぞ、という面を磨かないと、沈没してしまうのは明々白々です。


話が散乱気味ですが・・・(笑)

なんとなく、ここのところ色々見聞きして思いました。

美術だの業界云々とかの話は自分にとっては別にいいんです・・。
結局分かりやすい図式の中にいるんだな、と思いました。
買う人と買われる人・・ (一方で買われない人とか変われない人とか・・)

買ってもらえるようになったら大きな顔できるんですけどね。
それまで、その目を自分なりに、腐らないように培わないといけないし。

余計なこと言ってるヒマに、やらないといけません・・(笑)

でも描いたものを評価してくれる人、相談できる人がいるのはありがたいことです。
そういう部分に冷めている人の方がいいのか・・(私みたいに(笑))
でもやっぱり、誰かの感想って欲しいですよね。
描いたり創るのって、孤独な作業ですので・・。

私の好きな作家さんには、目標を見誤らないで、頑張って欲しいです。

私もうんと努力しなきゃ。
残り時間は刻一刻と少なくなって来ていますので・・

[Column] -想うこと-